甘い詰め

 

 世の中、

見えてないようで、見せてないようで、

でも

見える人には色んなものが

どう隠しても

立派に見せても

頑張ってる素振りも熱い情熱も

本当はどうなのかが

 

 

 

ガッツリ見えているものなんですよね。

 

 

 

 

 写真がデジタルになろうとも

PCやMacの画面で見たとしても

写真だけでなく手紙もメモも紙でないメールやファイルの時代でも

 

 そこに人という媒体が関わると

デジタルでオールクリアでゼロデータに見えても

見えない白や空白やご破算になったような中にも

 

 確実に

裏表とか

消せない残像ってあるもので

 

メモ紙の一枚下に痕跡が残るような甘さって

見えたり残ったりするものですね。

 

 

 写真が印象的で焼き付いたら

手元に持ち帰らなくとも見返せない場所で見たものだとしても

印象とイメージと感動や消えないように、

そうで無い事柄も世の中の色々も同じで

消され、流され、記録や痕跡が見えないものになっても

焼き付いて残るもの、消せないものって、

後から調味料を足しても、上から上書きしても、

レイヤーをかけてもレタッチしたとしても、物事をトリミングしたとしても。

 

 

 

 

 だから

やっぱり

写真も世の中も

ハイライトとシャドウは大事なものです。

 

 

 写真も世の中も

目の残像と、心の残像に焼き付いたら

甘さや取り返せないものって

色んな観点や方面であるものかもしれませんね。

 

 

 

 写真の四隅と

人生の生き様と有様の四隅は

甘くないようでありたいものですね。

 

 

 見えないアーカイブに

致命的なものを残すような甘さの無い

フォトライフと生き方をしたいものです。

 

 

 

 

 デジタル時代であっても

レンズとセンサーの間のフィルターゴミや

印画紙に付いたゴミや傷のその上に

インクが乗ったら直せませんからね。

 

 

 

 写真撮るものとしてに限らず

人生の足跡は大事に残したいものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

cozy

 

 

 

 

 

 

 

2013/05/20