「仙台ハイランド」
1986年21歳 仙台ハイランド
東北に2つ目のサーキットが出来たと興奮したのを覚えている。
1年間だけだが走行ライセンスを取り
自分のVT250FEを
ドレンをワイヤーロックし自走し保安部品を現場で外し、
テーピングしただだけで本コースを走った記憶は身体に褪せずに残っている。
別日には
クラブ員のノービス用NSRも
本コースで全開走行させてもらいました。
写真のバイクNSR250はメーカーのデモ車。
当時の僕のヘルメットはDIC社、ウエアはバギーだった。
*写真の撮影現場はジムカーナコースのもの。
撮影はバイククラブのリーダー。
写真好きツーリングやイベントの旅に
ハンドルからカメラにさっと握るものを変えるリーダーで、
流し撮りの影響や撮影の刺激を知らずに受けていた。
本当は僕も愛車として
乗り換えようと思っていたんですが、
当時の僕の素行が
がっつりローリング族だった事もあり
だれからも賛同してもらえなかった事と
クラブのNSRのラップアイムがデンジャラス過ぎて
このまま乗り続けたら
お前は死んじまうぞ、
そう言われるタイプのヤツって居るじゃないですか、
若い頃って、
骨もレバーもガードレールに刺さったり、
バイク屋のオヤジやメンバーに
止めとけ
と
止めてもらったから
いや、
大分強引に止められた。
だからこそ、
きっと
今の自分は生きている。
そうも言えなくもなく。。。
でも
その後、
オフロードで
思い存分
色んな方向にぶっ飛んだり
突っ込んだり
刺さったり
もぐったり
ちゃんと
オフロードの
エンデューロレースで完走出来るまでに
諸先輩方に育ててもらいました。
今なら言えますね。
バイクは
転ぶためや
死ぬために乗っているんじゃないと。
cozy